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Tschako/shako 秩序警察 都市防護警察 シャコー帽
コカルデは1941年製 バックルは複製。斜革は戦後他国品。 革製シャコー帽は、特にNS期のドイツ警察ではアイコニックな存在感を放っている。遠くからでも目を惹く巨大なハーケンクロイツつきアドラー&リースと縦長のコカルデ。チンストラップは下級ランクは革。警察将校になるとさながらヘビのようなジャバラでできた銀色の金属製ストラップになり、警察将官は金色の金属製ストラップが付く。 さらに礼装ともなると馬毛でできた髪飾りをコカルデの上にセットするので、その華麗さが一層際立つ。 ワイマール期のシャコー帽は光沢のある黒革製のものが多かったため、過渡期にはこれにアドラーを取り付けていた。1936年の新型制服(ポリツァイグリュン・8個ボタン)採用時によく見られた組み合わせである。 手に取った印象はとにかく軽い。純粋に警邏活動用で、まちがっても戦闘に適したものではない。軍と同じヘルメットの支給があったため、そちらを被って警察活動に当たっている写真も多い。 WW1後にヴェルサイユ条約で組織規模に制限を受けたドイツ国軍に対し、いわば予備の軍隊の性格を伴っていたドイツ警
1月28日読了時間: 2分


Braunhemd 褐色シャツ
ベルトフックは欠品していた。ねじ込みタイプのものを使う。 ボタンの製造メーカーは全てマッチしている ナチス・ドイツで制服がフューチャーされるのはほとんどが1939~1945年までの第二次世界大戦時期だ。 終戦までのナチ党のテーマカラーともいうべきブラウンは古くはこのシャツに帰結するのだが、後年の映画などの印象もあって、黒の制服や緑の制服よりは知名度が薄い。が、世界史の教科書などで目にするユダヤ人商店へのボイコット運動や、各種ナチ党の大会風景、あるいは演説中のヒトラーの写真などに、このブラウンシャツは必ずと言っていいほど写っている。 1925年採用のブラウンシャツは、ナチ党を代表するアイコンとして市民の目に映った。SA(突撃隊)の別名が褐色シャツ隊(Braunhemden)であったのももちろんこれが理由である。9個あるボタンは全てS字フックで留められており、着脱できる。 SA以外にもSS(親衛隊)、NSKK(国家社会主義自動車軍団)、さらにはナチ党関連の組織全般に広く使用された制服であり、またHJ(ヒトラー青年団)の制服の雛形にもなった。1920
1月23日読了時間: 1分


Boot jack/Puller ブーツ脱ぎ機
Kleinknechtはドイツの姓 アトリエ・会社名と思われる どうでもいい話だが「ブーツ脱ぎ機」という言葉が好きだ。「ブーツ履き機」ではないんだなと。 履いてみれば分かるが、ロングブーツは履くまでは良いが脱ぐのが大変だ。ひざ下まであるロングブーツは、21世紀も1/4が過ぎた現代では主には女性のファッションアイテムとなり、軍隊で好んで履こうというところは旧共産圏にルーツがある国々ぐらいのものである。 U字型のブーツ脱ぎ機は現代にも木製やプラスチック製のものが販売されている。フックにかかとを挟んで、反対側の板をもう片方の足で踏みながら、フックにひっかけている方の足を引き抜く。 今回のブーツ脱ぎ機はU字部分が折りたためるタイプである。折り畳むとちょうどカンナのような長方形となってバッグやポケットに収めやすい。固定型、折り畳み型、簡易組み立て型など、様々な種類があったようだ。 もっとも大多数の兵隊が履く官給の行軍ブーツは筒部分がふくらはぎぐらいまでなので、脱ぎ履きにわざわざこういった道具は要らない。ブーツ脱ぎ機は将校などひざ下まであるブーツを履く軍
1月21日読了時間: 2分


Fernmeldetornister 通信部隊背嚢 1941年製
通信部隊背嚢と書いたがこれは直訳である。正確には、野戦電話ならびに関連機材の運搬・設置用の背嚢。 革製の番号パッチが付いているが、これは1~3まである。4人一組で班長以外の3名がそれぞれを背負い、かつ野戦電話を斜め掛けして持っていた。1番と3番は入組み品が同じで、2番背嚢は通常の入組み品+予備の入組み品が入っていた。この番号パッチは戦争中期ごろに廃止となった。 野戦電話の電話網は、自前のケーブルのほか、すでに設置されている電線や電信柱を利用することもある。また木の上や電信柱、建物の一部など高所に電線を架けるため、棒状の2分割ないし3分割の連結式持ち手+引っ掛け金具で構成される設置器具(Drahtgabeln)を用いた。持ち手はこの背嚢の側面にあるベルトに分割して縛着し、金具は取り外して持ち運ぶ。 それぞれの道具や消耗品、野戦電話のバッテリーなどの大きさに併せてパーテーションが付いており、蓋は開けると90度で止まるようにできている。迅速な展開、設置、撤収を念頭に置いた機能的な背嚢である。 蓋のフチがぼろぼろになってしまっているが、肝心の馬毛の抜
1月20日読了時間: 2分


Schutzpolizei des Reiches Dienstrock 都市防護警察制服 1939年製
制帽、ベルト、ベルトバックルは複製品 WW2全期間を通して印象的なポリツァイ・グリュン(警察緑)の制服が秩序警察(ordnungspolizei)に導入されたのは1936年のことである。 それ以前の制服はダークネイビーで、組織が大きかったためか過渡期にはこの制服に濃紺のズボン、漆黒のシャコー帽に新型のアドラーなど、混用している写真がしばしば見受けられる。 黄色が混ざった明るいグリーンは製造から87年が経過していることもあり色焼け・褪色が進んでいるが、常に日陰である襟裏は虫食いこそあるものの往時のポリツァイ・グリュンの美しい発色を留めている。 生地に厚みがあるため袖を通すとどっしりと重い。表面に虫食いが目立つのが惜しまれる。 この制服は所属組織をパイピングと襟・袖の色で分けており、緑のパイピングは都市防護警察(Schutzpolizei des Reiches)のものである。同じ制服でパイピングの色がカーマインレッドのものは、地方都市防護警察(Schutzpolizei der Gemeinden)である。 両者の違いは警察署長を警察官が務めてい
1月16日読了時間: 2分


DRK Schirmmütze (ドイツ赤十字 制帽)
ドイツ赤十字(Deutsches Rotes Kreuz)は1921年創設。もっとも19世紀半ばには母体となる組織は生まれており、戦前には国際組織の形を整えていた。 1932年のナチス政権樹立以降は、多くの国営組織や巨大民間組織と同様に党員による浸透が行われ、徽章にもナチ党を象徴するスワスティカの印章が加えられた。 但し多くの組織で鷲が掴んでいるのがスワスティカなのに対し、DRKは赤十字の印章を掴んでいる。 また、陸軍に比べ丸みを帯びた柏葉のデザインが目を惹く。 パイピングはライトグレー。白黒の写真では白に見間違えやすい。国営鉄道はブライトレッド、国営郵便はオレンジ、税関はディープグリーンといった具合に、それぞれ組織を象徴するカラーがある。 ちなみに白はSSである。SSでは軍との協同の観点から1940年代に入って初めて軍と同じ兵科色を導入したが、43年にはそれも廃止してしまった。 目立った虫食いは無く、極めて美しいコンディション。 尚被服はリプロダクトの改造品。
1月15日読了時間: 1分
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